福冨七郎左衛門尉疾風録

石見国浅利村・四ッ地蔵城主福冨氏5代録

種子島銃

 永禄二年(一五五九)初冬、戦に明け暮れる明尊の四ッ地蔵城在城を待っていたかのように、八神屋與次郎兵衛がやってきた。雪が降ったのかと見間違うほどの霜が立っている寒い朝だった。

 與次郎兵衛は、家督を受け継いで十年になる。すでに齢四十を越え、玉鋼の商いも戦乱続きの世とあいまってますます繁盛している。

 久しぶりに訪れた與次郎兵衛の後ろには、二人の男がついている。

「この方が、お夕の義父上内田屋さんで…」

「内田屋孫兵衛でございます。八神屋さんにはひとかどならぬご交誼をいただいております」

「お夕は、元気でいますか」

「ええ、よく気のつく器量よしでございます。夫婦仲もよく安心しております」

「それはいい、夫婦仲のいいのが一番ですからな」

「ええ、それはもう…跡取もできまして、私も一安心です」

「それは、めでたい」

「その節(結婚のとき)には、大層な御祝いをいただきましてありがとうございます。

ところで…」

 連れの若者が持っている包みを取り寄せて、慎重に開きながら、

「これは、薩摩国島津領の種子島というところに漂着した南蛮船から伝わった鉄砲というものでございます」

「うわさには聞いています。九州では戦に使われ始めたらしい」

「そうでございます、天文年間の終り頃には、すでに島津軍が使ったといいます」

「それほどに威力があるものなのですか」

「ご説明申し上げる前にいちど見ていただきましょう」

 孫兵衛らは城内の畑地にでた。

 山下忠左衛門、山田重兵衛、佐々木喜兵衛、越堂清左衛門らが集まってきた。

「弓矢をできるだけ遠くへ飛ばしていただけませんでしょうか」

「それなら、儂がやりましょう、的がなければ儂でも射ることができます」

 笑いながら忠左衛門が弓を取った。

 忠左衛門の射ち放った矢が、地に落ちた場所のさらに五間先に藁(わら)人形を立てた。

「これから、あの的を撃ち抜いてご覧にいれましょう」

 若者が、片ひざだてになって鉄砲を構え、静かに筒先を的に向けたと同時に、凄まじい轟音が明尊らを襲った。

 轟音は、山にこだまし、百雷が足元に落ちたような衝撃を受けた。明尊と忠左衛門が、みごとに尻もちをついていた。なんとも香しい煙が漂ってきた。

 その瞬間、明尊は筒先から噴出す閃光を見た。

 忠左衛門の口が、パクパクと動いていた。

―なにを言ってるのだ。

 聞こうとした明尊の耳に、忠左衛門の声が聞えた。

 鼓膜が痺れていたのだ。

「すさまじい音だ」

 耳の奥でガンガンと響く余韻に驚愕し唖然としている明尊らを、孫兵衛が先に立って的のところへ案内した。

 藁人形は倒れていた。なぜ倒れたのか明尊には理解できない。

「音にびっくりして倒れたのではありませぬ」

 鉄砲の弾が食い込んでいる藁人形を示しながら孫兵衛が笑っている。

「これは、この筒内に火薬という紛を入れまして、その次に鉛の弾を詰めてから火縄の火を火薬に点火しますと、瞬時に爆発して弾を飛ばしているのでございます」

 孫兵衛が説明を始めた。

「火薬は硫黄と炭の粉末に煙硝(硝石)というものを混ぜ合わせたものでございます。これに点火すると爆発して、弾を飛ばすのでございます。その威力は見てのとおりで、弓よりもはるかに強く、織田信長、毛利さまをはじめ各地の領主さまが競って買い集めておられます。さらに、ご自分で鉄砲を作る技術を取り入れ、鉄砲鍛冶を増やしておられます」

「戦の仕様が変わるということですな」

「これから、日ごとに変わるでございましょう」

「ただひとつ、気をつけなければならないのが、馬を驚かせないことです。なんの前ぶれもなく耳元で、突然、このような轟音を出しては、肝を潰して、使いものにならなくなります」

「馬でなくともわれわれが肝を潰したぞ」

「鉄砲の訓練をするときに、初めは遠く、慣れるにしたがって近くで音を聞かせる必要があります。馬は元来、気の小さい動物です」

「硫黄と炭は分かるが、煙硝とは、いつでも手に入るものなのか」

「煙硝は、それぞれがご自分で製造しておられます」

「……」

「古くからある家の床下には、必ず煙硝がある。と、言われています」

「叔父御」

 突然、明尊が、説明を遮った。

「この鉄砲は、買うことができますか欲しいですな」

「はいはい、すでに購入したものです。今は各地で引っ張りだこで買いあさっていますから、なかなか手に入らないものですが、内田屋さんのご尽力により買うことができました」

 孫兵衛が、わざとらしく胸をたたいて見せた。

「儂のために作ってくれたものですか、おー、なんと…・銃身のなかほどに家紋がある、しかも角立四つ目だ、まさしく」

「お気にいりましたか」

「ありがたい。それで、値段はいくらになります」

「これは、六匁銃といわれるもので銭一貫(一千文)ほどです。もうひとまわり大きい三十七匁銃では銭五貫といわれます。今は、製造される数より買う方が多いから高い値段がついてます」

「それは高い、おいそれと買えるものではありませぬの」

「ご心配なく、この銃は支払いも済んでいますよ」

「いつものことながら、叔父御には迷惑ばかりかけて…・ところで、その煙硝というのは、だれでも造れますのか」

「簡単に説明しますと、古い民家の床下、特に、肥溜の近くが良いようですが…、床下の土を掘って、それに草木灰を混ぜて水を加え、濾液を煮詰めて水を蒸発させると、塩のような物質ができます、これが煙硝です。…・しばらくは、この者に手伝わせます」

「肥溜というのは、おもしろいですな」

「そうなんです。糞尿が水に溶けて煙硝を創り出すらしいのです。…次ぎに問題になるのが硫黄、炭、煙硝の配合割合です。これは晴れた日と雨の日とでも違います。いかに配合すれば最大限の力を発揮できるかは、手元にある硫黄、炭、煙硝の品質、濃度によっても違います」

「硫黄は、どうするのでしょうか」

「日本は火山の多い国ですから、大量に採れます。わたくしに言っていただけば、いくらでもお持ちいたします」

「いちど撃ってみられますか」

 孫兵衛がさしだした鉄砲を片手で受け取った明尊が、その重さに驚き、あわてて両手で持ち直した。

 孫兵衛の手取り足取りで射撃体勢をとって、言われるままに静かに引き金を引いた。

 轟音とともにものすごい衝撃を受けた。耳朶が塞がり、またもや尻もちをついていた。

発砲の反動によるものだった。

「熟(な)れれば、二町(二百メートル)先の人間を狙撃することなど朝飯前です」

 孫兵衛は、さらりと言ってのけたが、明尊の撃った弾は、的を外れ、どこへ飛んでいったのか分からなかった。

 次に、男は、一町(百メートル)先に置いた古い甲冑を撃ち抜いた。

 一寸ほどの穴があいていた。まさに驚愕する威力である。

 明尊らは呆然としているだけであった。

「弾は二町(二百メートル)ぐらいはらくらく飛びますが、甲冑を着た人間を倒すには、ほぼ一町ほどでしょう」

「それでも、すごい威力ですの。弓では、どのような大弓を使っても不可能だ」

 各地の武将が競って調達しているということは重大な事実である。このような武器を数百挺単位で筒先を揃えて撃たれたら甚大な損害を受けるであろう。

― 早急に、御屋形へお知らせしなければならない。

 翌日早朝、明尊らは、甘南備館へ遣いを走らせた。

 

 ドーンと凄まじい爆音に、御屋形(小笠原長雄)をはじめ重役が肝を潰し、声を失っている。沈黙が続いた。しばらくして、耳を手で軽くたたきながら重役の一人が呟いた。

「こんなもんが出まわったのでは、今までのような城ではたちまち潰されてしまいますなー」

ため息まじりの声が上ずっている。

「城を、思いきり高い山の上にもっていくか、周囲の水堀を思いきり広くとって弾のとどかない場所に築くしかないでしょうな」

「今、築城中のお城(甘南備城)は、大丈夫でしょうか」

「残念ながらこんな武器を想定しての縄張りではない」

「いずれにしても、すでに工事にとりかかっていることですし、鉄砲に対する備えを強化する必要があるでしょう」

「まず、塀を頑強なものにして二重、三重とし、石垣を高くする」

「そういう点では、温湯城は良かった。…・いまさらせんないことだが…吉川氏の物不言城などは良い城ですなー、わずか四十間(七十二メートル)ほどの山ながら懸崖で、道以外の山肌は登ることが不可能、鉄砲の玉はとどかない」

「それにしても鉄砲を早急に、できるだけ大量に調達する必要があります」

「莫大な資金がいる。銀山を領有していたころならまだしも、今は痛い」

「これなる内田屋孫兵衛に頼ることになるが、毛利さまにも承諾を得る必要がありますな」

 重役らの意見は、鉄砲配備に傾いた。

 

 永禄三年(一五六〇)五月、東国では四万五千の兵を率いて駿府を発ち、京へ向かっていた今川義元が、尾張の田楽狭間で織田信長の急襲を受けて討死した。織田信長はわずか二千の兵で奇襲をかけ、毛利新介と服部小平太が義元の首を取ったという。(桶狭間の合戦)