福冨七郎左衛門尉疾風録

石見国浅利村・四ッ地蔵城主福冨氏5代録

お夕の結婚

  弘治三年(一五五七)春、室神山に霞みがかかっていた。

 小笠原氏と佐波、福屋勢との熾烈な戦いは続いている。

 緊迫した毎日が続いていた。

 刀の手入れをしている本丸館の庭木に小鳥が集って、せわしなく動き回っている。

 春日和が戦いに明け暮れる明尊の心を癒してくれる。

 久しぶりにゆったりとした気持を持っていた。

 母の由貴から来客の知らせをうけた明尊は三の丸館に下りた。

 八神屋與次郎兵衛だった。

「やー、叔父御」

 気安く挨拶をしながら部屋に入った明尊が與次郎兵衛の背でうつむいている夕をみて、おもわず大声をだした。

「お夕か、きれいになったのー」

 あざやかな濃紫の着物に野菊柄の帯を締めた夕の姿は、ややふっくらとした顔の白い肌をきわだたせ、ぬけるような美しさだ。

 長い髪を背で結び、一輪のつつじの花が無造作にそえられている。夕は、まぶしいほどに艶やかに輝いていた。夕をみつめる明尊の眼が戸惑っていた。

「いまが一番いいときですから」

與次郎兵衛がにこにことしている。

「というと結婚の話でもあるのですか」

 母の由貴が夕の顔をのぞきこむようなしぐさをした。

 夕の紅く染まった顔がうつむいた。

「そうです。いい話がまとまりましたので、ご報告にあがりました」

「それは、めでたい。それで、婿どのは誰ですか」

「博多で巾広く商いをしている内田屋孫兵衛殿の息で千太郎と申します。内田屋は商い仲間でして、八神へもしょっちゅう来ます。なかなかいい男です」

「博多ですか、遠い…。母のさちが寂しがるの」

 ふと、明尊の胸に寂寥感がよぎった。

「さちも一緒に来てくれと先方も言ってくださるのですが、さちは八神屋に残りたいと申しております」

「一緒にいけば夕も心強いのにの」

「さちのことですから、自分まで迷惑をかけられないと遠慮しているのでしょう」

「さちらしいのー…それにしてもお夕、よかったのう。母と別れるのはつらいであろうが、女は結婚するのが一番じゃ…母も喜んでおろう。」

 夕がふかぶかと頭を下げた。うなじから背にいたる白い肌が艶やかに輝いていた。ふと、一瞬、明尊はたじろぐ思いがしていた。

―このまま別れていいものだろうか。

 己の哀しみが、そこに見えたような気がしていた。

「ありがとうございます」

 夕が言ったようだが、あまりにも声が小さすぎて明尊の耳には届かない。

 夕が四ッ地蔵城へ来たのは初めてだった。明尊も叔父と会うときは城の主殿をさけて私的な館で会うことを常としていたが、夕にとってはその区別がつかない。城内へ入ったということで平常心を失っているようにも見えた。與次郎兵衛の背に隠れるように縮こまっている。

 声もいっそう小さくなっていた。

「お夕そんなに固くなるな、小さいときは兄のように慕ってくれたではないか。儂が行くとすぐ手をとりにきたぞ」

 うなじを真っ赤に染めてうつむいている夕を、かばうように與次郎兵衛が話し出した。

「夕は、わたしどもの娘として嫁がせます。八神屋の舟を豪壮に仕立てて送り届けますよ」

 與次郎兵衛の眼が細くなった。

「それは、ありがたい。儂からも礼を言います」

「わたしも久しぶりに舟に乗ることになります」

「そうですな、ご嫡男に跡目をゆずられてからは、あまり海へ出てないでしょうから」

「お夕、これを譲りましょう、お夕は商家へ嫁ぐのだから、このようなものは必要ないでしょうが、タンスの底にでもしまっておくがいい」

 明尊の母由喜が帯びに差してあった懐剣をさしだした。紫の袋に入れられた懐剣をみて、驚いたのは明尊である。

「母上、それは」

 明尊のことばを手で制した由喜は、

「これは、わたしが嫁に来るとき、母が持たせてくれたものです。幸いに今まで使うこともなく来れました。ですが、これを持っていると気が落ち着きますよ」

 恐縮して手が出せない夕に強引に持たせた。

「お夕の父茂吉は郡山城攻めの合戦で、わたしの夫相安を助けようと、己の身を楯として一緒に死んでくれました。今も天国で二人して、お夕を見守ってくれているでしょう、わたしがこの懐剣を、お夕に持たせようと思いついたのは、相安の意思だと思います」

「母上、ありがとうございます。急のこととて儂には思いつかなかったことです。夕、遠慮せず頂け、いいお守りになるぞ」

 両ので受け取ったものの、どうしたものかと迷っている夕に代り、由喜が夕の帯に懐剣を差し入れた。夕のほおを大粒の涙がながれた。

 與次郎兵衛がふたりのやりとりを笑顔でみつめている。

 明尊は夕と初めて出会ったときのことを思い出していた。山奥の一軒屋で三歳の女児が一日中ひとりで母親の帰りを待っていた。狼や山犬の多い山中のことであり戸外に出ることもできない、一日中、薄暗い家の中にいた。そういう毎日を過ごしていたという。

 さちと夕を預けたとき與次郎兵衛は、『ものずきな』と思ったらしいが、明尊には見過ごすことができなかった。

―よかった。

 明尊がつぶやいた。夕には、幸せになってほしいと思った。

 それにしても…明尊は心の底に漂う名状しがたい寂寞をもてあましていた。

 

この年弘治三年、明尊も結婚した。妻の名を、さよという。越堂清左衛門の娘である。 

 城のすぐ近く五町ほどのところ、室神山登山道入口近くに清左衛門の屋敷がある。

 毎朝、屋敷の前を通って室神山に登っているのだが、さよを見たこともなかった。

 結婚式の夜、城門を潜る花嫁の横顔を、三の丸の塀に身を隠して覗ったのがはじめてであった。

 翌永禄元年(一五五八)、明尊の嫡男昌康が生まれた。