福冨七郎左衛門尉疾風録

石見国浅利村・四ッ地蔵城主福冨氏5代録

斬撃

 福冨明尊は十五歳となっていた。重兵衛とのきびしい訓練はつづいている。

 無心に木刀を振っていた。素振りをしていれば無心になれた。もはや、回数を数えることもなく、ただ、ひたすら体を動かしつづけた。体から力が失せ、へとへとに疲れても、気力のある限り振りつづけた。それが、二刻に及ぶこともあった。日増しに、体に力と持続力が付く手応えを感じていた。

 明尊が、ひとりで孟宗竹を前にしていた。これまで暇を見つけては孟宗竹と対峙し、数え切れないほどの竹を切り倒した。しかし、いまだ一撃で倒したことがない。

 ジッと佇み、気が満ちるのを待った。

「……・・」

 気合とともに明尊の大刀が閃いた。

 ガキッと音がした。手にしびれが走った。

 大刀は、孟宗竹にわずかばかり食い込んだだけだった。

「まだ、まだ」

 師・山田重兵衛の声が聞こえるようであった。

 

 うららかな気持ちのいい春びよりだ。満開の花を咲かせ、その存在感を誇示していた山桜も花が散り、周辺の緑に同化しておとなしくなっている。

 明尊と重兵衛は、春の陽射しを背に受けながら、のんびりと馬を歩ませている。

 四ッ地蔵城の濠となっている太田川に沿って西へ上り、丘と見間違うほどの低い峠を通り抜けた。 

 そこはもうである。四ッ地蔵城から一里(四キロメートル)ほどしかない。

 川のすぐ横に八神屋(やかみや)の土蔵が立ち並んでいた。

 土蔵の横を抜けると、幅十間(三十六メートル)の運河が左手に延び、一町(百メートル)先の江川に通じている。八神屋の運河だ。

 運河の両岸は、荷揚げ場を挟んで十棟の倉が軒を連ねている。

 船が着いたばかりのようだ。人夫が船に渡した板の上をせわしなく動いている。玉鋼や銅を扱っている八神屋の荷物は重いのだろう、担い棒を使ってふたりがかりで、一つのかますを運んでいる。

 人夫が通るたびに、渡し板がゆっさゆっさとたわむ。人夫は、渡し板のたわみを巧みに利用して上り下りをしていた。

 運河から八神屋(やかみや)の屋敷へは、まっすぐな道が、わずかに坂を上りながら続いている。

 正面の山際に、一間ほどの高石垣と白い土塀が横に広がり、その中央やや左手の石段を上ったところの、どっしりとした門が入口である。

 五百坪を超える壮大な屋敷だ。

 士農工商という階級制度が成ったのは江戸時代のことであり、この当時には、武家、農家、商家の明確な区別はなかった。

 商家といえども、武力を持ち、必要があればこれを行使する郷士である。

 当然のことながら、八神屋も武力を保有し、屋敷もそれなりの防禦性を備えていた。

普段は下帯ひとつで荷役作業をしている人足らも、いざというときには武器を取る戦闘要員なのだ。

 屋敷に通じる道の両側に整然とならぶ使用人の家で、幼い子らが遊んでいた。

 屋敷へ出入りする他人も多いのだろう、明尊らに関心を寄せる者もいない。

 屋敷前の観音堂から走り出た女の子が、馬止に手綱を繋いでいる二人のところに寄ってきて明尊の手をとった。小さな柔らかい手だ。

「おー、夕か」

 重兵衛が夕の頭を大きな手のひらで抱えこんだ。

 あいかわらずおとなしく言葉少ない娘だ。活発に走りまわっているようだ。

 赤い鼻緒の草履を履いた小さな足は、泥まみれになっている。

「夕、友達はできたか」

 夕が、こっくりとうなずいた。くりくりっとした瞳が輝き、満身の笑みをたたえている。 

 なんといっても顔色がよくなっている。

 ふたりは手をつないで玄関に近づいた。

「これは、これはご当主さま」

 奥から、與次郎兵衛が飛び出してきた。にこにこと親しい笑みを浮かべ、さあさあ、おあがりください、と明尊の腕をとった。

 與次郎兵衛に明尊をとられた夕が、門の外へ小走りに出ていった。足取りが軽い。夕の後姿がはつらつとしている。

「あまりにも、いい日和で、つい、足がこっちを向いてしまいました」

「それはそれは、ありがたいことで。さあさあお上がり下さい。山田さまもご遠慮なくどう。」

「夕も大きくなったものだ」

「いい娘です。それに、母親のさちですが、びっくりするほど機転の利く働き者で、最近では、店の手伝いをさせています」

「店ですか」

「そうなんです。読み書きができ、座敷での作法を身につけている。こういっては失礼でしょうが、私どももびっくりしております。きっと、どこかのお武家でしつけられたのでしよう」

「そうですか、それは良かった」

 話しながら、與次郎兵衛が二人を座敷へ案内した。

 開け放された座敷からは、キラキラと陽光に反射する江川が見えている。

「大河を眼下に見る生活もいいものですの」

 明尊が立ちあがって縁側にでた。江川がゆったりと流れている。

 ふと、花の香りが濃く漂ってきた。金木犀の花かと思って、辺りを見まわしたが、目についたのは、塀際に立つみかんの花だった。小さな白い花が満開だった。

 

 

 西を山で塞がれている山里の日暮れは早い。日は、山に没し、気温が急速に下がってきた。

「今夜は、泊まってください」

 しきりに引きとめる與次郎兵衛を振り切って、門前へでた明尊のところに、走りよってきた夕が明尊の手をとった。

「お、待っていたのか」

 ふところから茶菓子をだして夕に握らせた。

「夕、乗せてやろう」

 重兵衛が、ひょいと抱えあげ、馬上の明尊に渡した。

「どうだ、高いだろう」

「高い」

 夕が、はじめて口をきいた。

「怖くないか」

 ううんと横に振った夕の頭が、明尊の顎に触れた。

「大きくなったの」

 明尊が、自分の顎で夕の頭をなでまわした。

「痛い」

 夕が、笑いながら首をすぼめた。

 夕を乗せた明尊が馬をゆっくりと歩ませる。子供らがゾロゾロと後をついてくる。

 明尊は、土蔵の端で夕を下して帰路についた。

 夕が、いつまでも明尊らを見送っている。

「さーならー」

 子供らが、声をそろえた。馬上の明尊が、後向きのまま、右手をあげて応えた。

 

 挨拶程度のつもりで立ち寄ったが、ご馳走攻めに逢い、遅くなってしまった。

 もう日が暮れてきた。

「それにしても…與次郎兵衛どのは…・おもいきったことをされる」

 夕を我が娘として育てるという與次郎兵衛の言葉を思い出したのだろう、重兵衛がしきりに頷いている。

 すでに、母子とも母屋に住わせているという。使用人を母屋に住わせるということなど、かっては無かったことだ。

「與次郎兵衛どのの、話は、面白いですの」

 重兵衛は、かなりの酒を飲み機嫌がいい。

 八神屋の商は、博多を基盤としている。

 日本各地から商人の集まる博多には、明尊にとっても貴重な情報が飛び交っている。

「天文十年に実父を追い出して家督を継いだ甲斐の武田信玄が、天文十六年には隣接する信濃まで侵攻しております。今(天文十七年・一五四八)では、越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄が互角の勢いでしのぎを削っているというもっぱらの噂です。一方、東海では、北条氏康今川義元が同盟を結んだらしい。織田信長は、弟を殺し、武田信玄は父を追放したということです。今、まさに世のなかは骨肉の争いをしているようです」

 與次郎兵衛の話は尽きることがなかった。

 小笠原氏と佐波氏が銅ガ丸鉱山と竹地区を取り合って、幾度となく合戦している。同じようなことが、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信の間で行われている、川中島合戦だ。川中島では、数万に及ぶ軍勢が激突しているという。

―いちど見てみたい。

 明尊も旅に出たい衝動を持て余している。主持ちの身では、その思いも詮無いことである。

 

 すばらしい満月がでている。

 風ひとつない静寂に包まれた山里は、寝るのがもったいないほどの明るさに包まれていた。

 遠く山裾に点在する農家がくっきりと見える。

 乾ききった道は白く浮かび上がり、歩行に灯りを必要としない。

 愛馬は、黙々と歩き、城へ向っている。

 

 山道を抜けて里に入ったとき、皮膚に鳥肌の立つような緊張が走った。

 大気を揺るがす『気』が膨張し、明尊の体に容赦なく飛びこんでくる。

 愛馬の歩行に乱れはない。馬は、己に向かって来る殺気を察知する能力を持っている。

 それは、人間よりはるかに勝れている。その馬が平然としている。ということは、二人を襲ってくる殺意ではない。

―なんだろう。

 さきほどから考えていた。

 明尊が、師をみた。

「うむ」

 重兵衛も、二人を包みこむ『気』が、なになのかを掴もうとしている。

「あそこだ」

 重兵衛が馬から下りて手綱を道端の木にくくりながら、一町ほど先の家を見つめた。

  

 田んぼの奥に連なる山すそを背に建つ一軒屋だ。

 鬱蒼とした樹木の陰から藁葺の屋根がわずかに見えている。

 土居と杉の大木に囲まれたその家は郷士・坂本長左衛門の屋敷だ。

 重兵衛と明尊が走り出した。

 道の両側に広がる田んぼでしきりに鳴いていたかえるの声がピタリと止んだ。

 わずかに、風の音が遠くで松の葉をならす静謐さを見せていた。

「まずい、これでは、敵に察知されてしまう」

 重兵衛が気配を消した。明尊も気配を消して師を見た。重兵衛がうなずいた。

 かえるの合唱がはじまった。

「行くぞ」

 重兵衛と明尊が、風になって走った。

 ふたりは家の裏にまわり、屋内のようすを窺った。

 屋敷は、わずかの灯がもれているだけで静まりかえっていた。

 抜き身の刀を持った男が立っている。

 十人は居るようだ。

 野盗だ。

 長左衛門の郎従が倒れ、座敷に流れ出た血が除々に広がっている。

 当主長左衛門の姿が見えない。

 すでに闘争の決着は、ついているようだ。

 家族を一ヵ所に集めて刀をつきつけている。金品を要求しているらしい。

 老婆が若い嫁と五、六歳の男子を背に隠すようにかばっていた。白刃を突きつけられながらも、毅然とした態度で正座している。すでに己の命を捨て家族を護ろうとする気迫がでていた。

 重兵衛の目配せにより、雨戸を蹴破って明尊が飛びこんだ。

「ご助成仕る」

 明尊の大音声に、野盗がいっせいに振り向いて驚いた。

「なんだ子供ではないか」

 明尊が、大刀石州兼貞を抜いた。明尊の体格ができあがったのを機に、師山田重兵衛が手にいれてきたものである。銘を石州兼貞という。江川流域から採れる良質の砂鉄を鍛えて作った剛刀だ。石見地方は良鋼の産地であり、特に出羽周辺から多く産出したことから、出羽を中心とした刀工により鍛えられた石州刀の名声は天下にあまねく知られていた。

 明尊は、石州兼貞を右手に、入り身となって構えた。重兵衛は、明尊の後方で刀の柄に手をかけるでもなく平然としている。

 野盗のひとりが、軽くあしらうつもりで明尊に相対した。

「斬り捨てよ」

 師の声が響いた。

 明尊の体から放射する殺気が対手を金縛りにした。

 ふと気づくと、重兵衛が老婆を背にして野盗の前に立っていた。気配を消して移動した重兵衛に、野盗は、「あれ、なんでここに居るのだ。」という顔をしている。

「待て、こやつはできるぞ、儂にまかせろ」

 人質を重兵衛にとり返された黒ひげの男が、横から明尊の前にまわって八双の構えをとった。

 かなりの遣い手だ。大刀に血のりが巻いている。長左衛門の郎従を斬ったのはこの男だ。

 殺気が明尊を襲ってきた。

 明尊が己の気で刎ね返す。すでに無念無想の境地に没入していた。

 緊迫した刻がながれていった。

 明尊の気が膨張し、ぐんぐんと力がみなぎっていく、峻厳な面貌になってきた。

 闇を引き裂く気合とともに、黒ひげの刃が袈裟がけに振り下ろされた。

 すさまじくぶつかり合う気と気が空気を裂き、白刃が舞った。

 相対するふたりから放射する気が消えたとき、黒ひげの男が腹から飛び出した腸を、両手で抱え込むようにして座り込んでいた。

「なんだこれは」

 ズルズルとはみ出てくる腸をみつめている。神経が麻痺して痛みは感じていないらしい。

 敵の斬撃を皮一枚の間合いで躱した明尊が、するどく踏み込みざま横に払った大刀で、腹を裂いたのだ。

 明尊の二撃目が閃いた。呵責なき一撃だった。黒ひげ男の首から鮮血が四方に噴出した。

 呆然としてみまもる野盗の前で、体内からあふれる血に押しだされるように、首がボテッとにぶい音をたてて畳の上に転がった、一刀斎流払捨刀の剣技だ。

 残りの野盗は、派手な悲鳴を残して逃げ去った。

「長左衛門どのは無事か」

 重兵衛が、もう大丈夫だという優しさで、五、六歳と思われる男の子の頭をさすりながら老婆を見た。男児は、目の前で起きたことが理解できないのであろう、きょとんと立ち尽くしている。

「村の寄り合いで留守でございます」

「留守か…・留守を狙ったのか」

「この者、清一郎が、命をかけて立ちはだかってくれました」

「きのどくをした、儂らがもう少し早く通りかかればよかった…それにしても、さすがは長左衛門どのの御母上、りっぱな態度でござった」

「お恥ずかしいことでございます。お礼が遅れました、危ういところをお助けくださって、ありがとうございます」

「いやいや、戦場では、儂らも長左衛門どのにずいぶんと助けていただいている」

 急を知って集まって来た村人が。座敷の惨劇を目にして言葉を失った。

「おー、殿でござったか、危ないところを助けていただいて…」

 そのとき、長左衛門が息せき切って帰宅した。

「なんの、たまたま通りかかっただけ…・もう少し儂らが早ければ、御家臣もこんなことにはならなかったろうに…残念です」

 数人の村人が縁側から座敷にあがり、清一郎の亡骸を隣の部屋に移し、野盗の死骸を庭に下ろした。血の流れた畳をはがして庭にだしている。

すべて老婆の指図によるものだ。

 

 長左衛門の屋敷を後にした明尊は、体の緊張を持てあましていた。

 はじめて人を斬ったのだ。師は、儂に人を斬るという経験をさせたかったのだ。と思った。

 たしかに度胸がついた、という確かな感触が残った。

 野盗の体から押し出される腸をみても、長いものだ、と思ったが、特に動揺することもなかった。

―今なら、孟宗竹も斬れる。

 道端の竹林に入って孟宗竹と対峙した。さきほどの決闘を思いえがき、気を集中させた。

「エイ」

 裂ぱくの気合とともに大刀を振り下ろした。

 ガキッと音をたて、竹は大刀を刎ね返していた。

 師重兵衛の哄笑が竹林にこだました。

 瞬間、師の大刀がうなりをあげて閃いた。

 立ったままの孟宗竹が、地から三尺ほどのところで真横に斬られて、ストンと落ちた。

 

 天文十八年(一五四九)、十一月、尼子勢が銀山奪回のため石見へ出兵してきた。小笠原軍は、平田彦兵衛が大田の造山で迎え討って撃退した。彦兵衛は、塀足という谷間で敵を迎撃、数次にわたって戦ったのち撃退した。彦兵衛も傷を被り、大島八郎左衛門は僕従二人も矢傷を受けるという激戦だった。

 

 天文十九年(一五五〇)二月、毛利元就の次男元春は、吉川家の家督を相続し、新庄に入城した。

 

 同年九月、元春に家督を譲り隠棲していた吉川家の元当主・興経が元就によって殺された。興経の妹は小笠原長雄の妻である。妻おもいの長雄にとっても衝撃が大きい。

「元就は、己に敵対する者は、血でもって粛清した。弟でさえも殺した」

 元就に対する不信感を持つことになった。

 妻の嘆きを目にして、長雄は毛利との決別を決意した。