福冨七郎左衛門尉疾風録

石見国浅利村・四ッ地蔵城主福冨氏5代録

尾行者

 残暑の厳しい天文八年の夏も、かすかに秋の気配を感じるようになってきた。ガンガンと耳に響いていた蝉しぐれも力を失い、法師蝉が「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ」と鳴いていた。

「いったい、何者だ」

 理右衛門は後方を振り返った。

「ハアー」っと、自分でもびっくりするようなため息をついてしまった。

 今朝、浅利の居宅を出て村境近くの大歳大明神に頭を下げたときだった。誰かに見張られている気がした。殺気はないので、気づくのが遅れたが、どうも見張られているような気がする。

 身構えて周囲を見回したが誰もいなかった。気を取り直して、隣の渡津村への峠道にかかると、また、その気配が湧き立った。木々を透かして後方に眼を向けるが、何者もいない。だが、肌は緊張している。あきらかに視線を感じ取っていた。姿を見せない尾行者に怯んでいるのではない、身が竦んでいるわけでもない、いつも見られているという圧迫感が気に入らないだけだ。

「ドキッ」

 理右衛門の繰り出す右足の着地点に横たわる異物を見つけたとき、右足はすでに着地寸前であった。瞬間的に数寸、足を伸ばして異物を避けた。転倒しかけた上体をかろうじて立て直した。

「おっとっと」

 大仰な声をあげて苦笑した。後方にばかり気を取られて前方をおろそかにしたから、こんなことになるのだ。

五尺(一六五センチ)はあろうかとおもえる蛇の青大将が道を横切っていた。寸前のところで踏みつけるところであった。毒蛇ではないので噛まれても害はないが、いい気はしない。

青大将は悠然と、ことさらゆっくりした速度で熊笹のなかに潜り込んだ。

熊笹の先は崖になっており、木々の間から見える日本海はすぐ下まで迫っていた。

 

一里ほどしかない峠を越えるのに、なんの苦労もいらない、あっというまに渡津村の塩田浦に出た。体の緊張はあいかわらず続いている。姿は見えないが誰かに尾(つ)けられていることは確かだ。

 街道脇に建つ寺の山門に身をひそませた。尾行者がおれば目前を通るはずだ。

 首筋をなでる風は清涼で心地よかった。つがいの蝶がもつれあうように交差しながら山門をくぐり抜けた。

 眼の前に広がる江川(ごうのがわ)を一艘の渡し舟がひどくゆっくりと進んでいた。渡津村の渡しから河口付近を横切って対岸の江田(ごうだ)村へ向かう舟だ。江川の真っただ中に静止しているように見える舟は、夏の日を照り返す川面にゆらゆらとかすんでいた。

 江川は安芸国阿佐山(標高一二一八メートル)に発し、中国山地貫流して日本海に注ぐ大河だ。当時の人々は石見川と呼んでいた。河口付近の川幅は百六十丈(四八〇メートル)を超えている。

 江田村は、はるか遠くに見えていた。川岸から一気に立ち上がる小高い山の上から、都野氏の居城亀山城が江川を睥睨している。日本海から江川を遡上する舟が最初に眼にする城であった。城から眺める景色の見事さはいかほどのものであろうか。

 四半刻(三十分)の間、様子を伺ったが山門の前を通り過ぎる者はいなかった。理右衛門はお堂に一礼して山門をでた。

 長良の渡しに程近い山際に島田利左衛門屋敷があった。理右衛門は誘(おとな)いを求めるでもなく潜(くぐ)り戸から入って行った。

 嫡男となるべき男子がいなかった福冨家の分家山根儀右衛門に、都野氏の重臣島田利左衛門の第二子麻呂を養子とする話が整った。

 相安と都野家当主隆安の口利きによるものであった。

 相安から仲人をまかされた理右衛門は、相安への相談と報告を緊密に行いながら幾度となく山根、島田両家を行き来して縁談をまとめてきた。

あれは、何回目のときであったろうか。ふと、誰かに尾行されていることに気づいた。殺気がないので恐怖心も湧いてこない。気になるといった程度のものであった。だが、正体をつかむことができぬまま、半年が過ぎようとしている。

ふしぎなことに、理右衛門にまとわりつく他人の視線は往路だけであった。帰路については、何の気配も感じなかった。

 このことは、いちどだけ相安に話したことがあった。

「ふしぎだの」

 野盗なら隙を見つけて襲ってくるであろうし、狐狸の類(たぐい)なら半年も続かない、それに、里にまで尾(つ)けてくることなどありえない。

「用心をすることだの」

 相安も、それしか言いようがなかった。

 

 山根儀右衛門のひとり娘美雪と島田麻呂の婚礼は来春の三月一日(新暦四月七日)とした。昼は満開の桜花が祝い、夜は満月が婚礼道中を浮かびあがらせる。理右衛門の、腕の冴えを見せる演出であった。

 麻呂は美雪の婿養子ではなく、儀右衛門との養子縁組を行った後、美雪と結婚させるという。儀右衛門なりに考えた麻呂への思いやりがあった。

「儀右衛門どのは麻呂どのに家督を譲って、おのれは隠居するのだと、婚礼を心待ちにしているようでございます」

 理右衛門の言い方からみれば、儀右衛門は指折り数えているようであった。

 

 婚礼の日取りも確定したところで、相安が都野隆安への報告とお礼に行くこととした。

「理右衛門の言う、他人の視線とやらは出るかの」

「殿は、信じてないようですの、儂がうそを言っているとでも思っておられる」

 憮然とした理右衛門が口を尖らせてみせる。

「いや、信じている。だが、半年も身を曝さないというやつは、考えによれば、相当の腕を持った忍びかもしれない」

「忍び・・・」

「忍びなら、それぐらいやってのけるの」

「忍びだとして誰が放ったのでしょうか、なぜ、なんのために」

「わからん、理右衛門を尾(つ)けて何の益があるのか」

「いちど捕まえて白状させてみたいものですの」

「半年も理右衛門を煙に巻いたやつだ、簡単にはつかまらないだろう。それより、尾行者の顔を見ることだ。見れば誰が何のために尾(つ)けるのか判断がつくこともある」

 それから一刻にわたって相安らは、ひたいをつきあわせていた。

 

 村境を越えると峠は霧に煙っていた。中国山地を深く抉(えぐ)って日本海に注ぐ江川には霧が多い。霧は山峡に溜まって濃霧となる。街道わきに立ち並ぶ杉木立も数本先は霧に姿を没している。

「いい具合に霧ですな」

 理右衛門が相安を振り返った、聞き取れないほどの小さな声だった。

 無言で目配せした相安にうなずいた理右衛門の嫡男忠左衛門が、すいと街道脇の霧の中に潜んだ。

 相安は、この日、理右衛門を連れて江川を渡り、都野隆安に面会することとなっていた。

「いい機会だ、理右衛門をなやます影とやらを見つけようか」

 相安は一計を案じていた。相安ら一行はなにごともなかったかのように坂を下っていった。

 相安らの足音が消えぬ間に、ひとりの男が忠左衛門の前を通り過ぎた。百姓姿をしているが、動きは軽やかで、足音も消している。ふと立ち止まって右耳を前方に向けて聞き耳を立てた。霧で見えない相安ら一行を追尾している。

―父上の感も、間違ってはいなかった。

 忠左衛門は、その男が消えてから街道に出た。

「敵が見覚えのある人物なら、何もせずにやりすごせ。知らない人物なら捕まえろ。手に余るようであれば斬れ」

 理右衛門の指示だった。

 相安らを尾行していたのは、忠左衛門もよく知っている人物だった。浅利村大歳大明神の筋向いに屋敷を持つ郷士河波崎(かわさき)長兵衛の僕従松造だった。

「なぜ」

 福冨党の一員である長兵衛が、主である相安を見張る。これは、あきらかに主家に対する裏切りだ。忠左衛門には理解できない。

 忠左衛門は、もと来た道を引き返しながら反芻した。

 長兵衛は、三十歳を超えたばかりの剛直な士だった。屋敷の裏が浜であることもあって馬術の巧みさは福冨党軍団のなかでも際立っている。福冨党の騎馬による集団戦闘訓練では常に創意工夫した戦術を相安に提言していた。そのなかでも、機に応じて騎馬のみで一隊を組んで敵中に突撃する戦法があった。轡(くつわ)取りも、徒歩(かち)武者も連れずに騎馬だけで密集隊形を組むことにより、すばやい攻撃が可能となった。徒歩武者はいなくとも密集することにより、力がひとつに結集して敵を跳ね除ける。相安も彼の提言に瞠目し、採用した。今では、福冨党の大きな力となっている。屋敷は、浅利村を東西に貫く街道の西端にあり、西から東上する人物に睨みを効かせている。

 

「河波崎長兵衛どのにございました」

 忠左衛門は相安の心内をさぐるように小さな声で報告した。

「なに、長兵衛」

 立ち上がった相安が太刀をとって玄関へ向かった。

「殿、短慮は、お控えください」

 理右衛門と佐々木善兵衛があわてて立ちはだかった。

「長兵衛とて、仔細があってのこと。詳しくはそれがしが聞き取ります」

 両手を広げて相安を止めようとする善兵衛。

「心配するな、儂はそれほど馬鹿ではない、儂が直に聞いてやるのが長兵衛のためだ。理右衛門や善兵衛が、のこのこと出向いてみろ、長兵衛は死ぬぞ。あれほど剛直な人物だ、苦渋の末にあのようなふるまいにでたのであろう」

「よくわかりました。ここは殿にお任せしましょう」

 理右衛門と善兵衛の肩から力が抜けてきた。

 

「長兵衛はいるか」

 ずかずかと門を通り過ぎ、玄関に立ったところで、長兵衛が飛び出してきた。

「これは、これは」

 蒼白な顔をつくろい、かまちに膝を落として挨拶しようとする長兵衛を手で制して、

「話がある、上がってもよいか」

 草履を脱いだ相安を、長兵衛があわてて座敷に案内した。

「お一人ですか」

 長兵衛が怪訝な表情で門の外を振り返った。兵を連れていないかと、さぐるような目つきをした。

「この半年間、貴殿(そなた)のところの松造が儂や理右衛門をつけまわしていた。その理由(わけ)が聞きたい」

相安は単刀直入に話を切り出した。口調は平常であった。わが子を諭すような響きがあった。

この一言で、言い逃れはできないことを長兵衛は悟った。

「ご存知でありましたか」

「最初に気づいたのは理右衛門だった。だがの、誰なのかは、つい最近まで分からなかった。松造の技量が優れていたということだ。儂も、理右衛門も忍びの者につけられていると思った」

「身を隠す技量ですか」

 長兵衛が自嘲ぎみに言った。

「それで、それがしをどうされます。」

 長兵衛は成敗されるとでも思っているようだ。

「何もしない、面白いものを見せよう」

 相安は、僕従の助八に短弓を持ってこさせた。通常の弓より極端に短い弓ではあるが、室内や山中での戦闘では威力を発揮する。

「昨日、峠の上で、この矢が松造を狙っていた。至近距離だったと忠左衛門は言っていた」

「松造は気づかなかったと思います。それで、なぜ、殺さなかったのですか。」

「それは、忠左衛門が松造を知っていたからだ。顔見知りでない人物なら殺せと命じていた」

 長兵衛が言葉を失って沈黙した。

 満開となっている庭のさるすべりで小鳥が鳴いた。

「貴殿の一存ではあるまい、誰に頼まれたのか」

 平常心を保ったままのおだやかな声は長兵衛の心をほぐしていた。

「殿を前にして嘘はつけません。・・・・坂根さまにございます」

「なに、坂根筑前守さま。小笠原家重役の坂根さまか」

「殿、恐れ多いことながら、都野氏とのご厚誼は、ほどほどに・・・・。」

「そういうことか・・・・・長兵衛、心配かけたの。このたび、都野氏の家臣島田どののご次男を福冨の分家山根の養子として迎えることとなった。このことが、坂根さま、いや、御屋形さまの意にそわないのかもしれない。だが、都野家と福冨の交誼はいま始まったものではない、先々代、いや南北調争乱のときから続いているものなのだ。都野家と今の福冨家では家格に大きな隔たりがある。にもかかわらず、都野どのは同格として遇してくださっている。百年以上にわたってのことだ。儂も都野どのとの付き合いを大切にしていきたい。だからといって、小笠原さまをないがしろにすることなど絶対にない。坂根さまは儂が都野氏へ走るとでも思っておられるのかもしれないが、絶対そのようなことはない。御屋形さまは福冨相安の主人であられる。御屋形さまへのご報告は、儂がしかと行う」

「そうでございますか、よく分かりました。いままでのご無礼、ひらにご容赦を」

「分かっている。御屋形さまの命で、貴殿も動いたのだ、なんで、儂が文句を言えようか」

「坂根さまへは」

「すまぬが貴殿からしていただきたい。お願いする。正直なところ、疑があれば坂根さまから儂に直接聞いてほしかった。それを、長兵衛に嫌な振る舞いを命じた、坂根さまのやりようは気に入らない」

「・・・・」

「儂は、貴殿を責めているのではない。貴殿の心に宿る苦汁は儂の心をも苦しめる」

「恐れ多いことでございます」

「でも、すっきりしたぞ。長い間、貴殿を苦しめた役目もこれで終わりだ」

「さようにございます」

 言葉とは裏腹に、生気の甦った長兵衛の顔にじっとりと汗が浮かんでいた。おのれの仕える主人を裏切っていたという自責の念が消え去るには時間がかかりそうだ。

 松の風音に混じって潮騒が聞こえてきた。松林の先は浜だった。弧を描いて続く浜は東西に一里ほどもある。福冨党の馬術訓練場として使用している。

「久しぶりに、浜で汗を流したくなった、長兵衛、付き合わぬか」

「よろしゅうございます」

「早駆けを競うぞ」

「負けませぬ」

 馬術では相安に負けることはない。

「馬を用意せよ」

長兵衛が大声で家人に命じた。弾みのある声だった。

 

 福冨の分家山根儀右衛門に都野氏重臣島田利左衛門の次男麻呂を養子とすることに、御屋形(小笠原長隆)は不満をもっているらしいということが分かった。

「御屋形さまは此度の婚姻に反対なのでしょうか」

 理右衛門が浮かぬ表情で相安に問いかけてきた。

「いい気持ちをお持ちでないことは確かだの」

「どうしてでしょうか、『小笠原家中ではなく都野氏の重臣だから』ということでしょうか」

「たぶんそうであろうの」

「今、都野氏と小笠原氏の仲はうまくいっているのに、だめだということですか」

「仲良くというよりは、今の小笠原氏は力で都野氏を押さえているといったほうが正しいかもしれない」

「ですが、都野氏は小笠原氏との親密な交際を望んでおられる。その延長として小笠原家中の山根氏との婚姻を進めたのではありませんか」

「御屋形さまが怒っておられるのは、儂が都野氏のもとへ鞍替えするかも分からないと、お考えがあってのことだろう。それも、誰か、たぶん坂根さまあたりであろうが・・・告げ口をした者がいるということかな」

「告げ口となると怖いですの、どんなことになっているかもわからない。すでに、都野氏の家臣になりたがっているとでも言われているかもしれませんな」

「早急に、御屋形さまへ書面でもださねばの。忠左衛門に行ってもらうか」

「承知です。どなたさまへお渡しすればよろしいのでしょうか」

「御屋形さまに直接、お渡しすることはできない。当日、登城している重役連中であればだれでもよい」

 翌日早朝に出立した忠左衛門が、用件を済ませて四ッ地蔵城に帰城したのは二日後であった。

「たまたま、大島和泉守さまの御家臣がおられましたので、お願いしておきました」

「その家臣とかいう人物は知っているのか」

「はい。それがしと同様に、温湯城へ出向いております。いろいろと情報の交換をしております」

「若い者には若い者同士の人脈があるということだの、いいことだ」

「おそれいります」

「大島さまとは、いちばん良い方に会えたものだ」

 

 だが、御屋形からの回答がこない。