福冨七郎左衛門尉疾風録

石見国浅利村・四ッ地蔵城主福冨氏5代録

四ッ地蔵城

 その日午後、四ッ地蔵城城門に浜崎四郎兵衛尉率いる百名の軍勢が到着した。

 御屋形に呼び出された城主忠智が帰らず、軍勢が押し寄せてきた。

 四ッ地蔵城は大混乱に陥った。

 城の門すべてが固く閉じられた。

「なにごとです父上、殿はご無事でしょうか」

 大門の望楼に立つ女武者が澄んだ声で誰何してきた。大弓を左小脇にかかえ、右手には抜き身の矢を持っている。動作もきびきびとして軍勢を前に少しも臆したところがなかった。

「おう…しの、息災で何より。七郎左衛門どのは無事であるぞ」

「ならば、なぜ、そこにおられませぬ」

「仔細あって、ここにはおらぬ、門を開けてくれ」

「たとえ、父上であっても、ここは、福冨七郎左衛門の城です。主の許可が無くては開けることなりません」

「おー、さすがは、わが娘だ。その姿を七郎左衛門どのに見せたいのー。…・これを見よ、御屋形様からの命令書だ」

 大門が開いて甲冑姿のしのが小走りに出てきた。

「七郎左衛門どのは無事だぞ。この城も安泰じゃ。御屋形さまの御配慮により儂が応援にきたのだ」

「そうですか、なぜ、忠智さまは帰ってこられないのですか」

「七郎左衛門どのは御屋形の密命を受けて旅にでたのじゃ」

「本当でございますか、そのようなこと信じられません」

「ま、あとで、ゆっくりと話す」

 四郎兵衛尉の軍勢が、ぞくぞくと大門を潜って三の丸広場に入ってきた。

 一ヵ所に集まった福冨党の将士が無言で浜崎党の軍勢を迎えている。

 両軍の頭上に重苦しい沈黙が被さっていた。

「お、山下理右衛門どのと佐々木善右衛門どの、よろしく頼みますぞ」

 困惑の表情を隠そうともせず、福冨党の先頭に立っている二人の前で馬を下りた。

 四郎兵衛尉がしのと理右衛門、善右衛門らを促して、三の丸座敷に上がっていった。

 御屋形からの書状を読み終わったしのが理右衛門に渡した。緊張から解放された顔に安堵の表情がでている。

「このたびは苦労であったな」

 四郎兵衛尉が理右衛門と善右衛門に慰労の声をかけながら向かい合って座った。

二人が読み終った書状を丁寧にたたみ、うやうやしくしのに返した後、四郎兵衛に平伏した。

「これまでの失礼の段、ひらにご容赦くださいませ」

「なんの、なんの、貴殿(そなた)らの心意気、みごとであった。四ッ地蔵城を護るためには対手(あいて)が誰であろうとも容赦しない、まことの武士(もののふ)。儂も感じいった。七郎左衛門どのも良い臣をもったものだ、これなら四ッ地蔵城も心配ない」

「身にあまる、お言葉にございます」 

「都治どのには、御屋形さまの遣いが到着しているころだろう。強硬な抗議と、これ以上の懐柔は許さない。以後、こんなことを続ける気なら、武士らしく力で取れ、いくらでも相手になる。という内容だ」

「善右衛門どの、すまぬが領内の将士を招集して仔細を説明してやってはくれまいか。今のままでは、七郎左衛門どのが詰腹を切らされて儂が四ッ地蔵城を受取りにきたと思われても仕方のないことになっているだろうよ」

「まったくもって、そのように思います」

 善右衛門が、下の座敷に控えている家臣に眼で合図した。

「ところで、七郎左衛門どののことだが…・」

 四郎兵衛尉の説明に、しのと善右衛門らは、ただ唖然としているだけであった。

 

 四ッ地蔵城に幟がはためいている。福冨党と四郎兵衛尉の浜崎党あわせて二百の軍勢が城内を埋め尽くしていた。

 領内の将士を集めて善右衛門がいまの状況を説明した。ただ、城主七郎左衛門が緊急の密命を受けて温湯城から旅立ったことについては、それ以上の説明をしなかった。

 いならぶ家臣の間から、なんとも言いようのないどよめきがあがった。いちように安堵の声であった。

 両軍の隔たりが消滅し騒々しくなった。

 しのの横に座っていた幼児を四郎兵衛尉が手招きした。

「相安どのか。大きくなったの、何歳かな」

「五歳にございます」

「おー五歳になったか、大きくなったものだ、お父上は旅に出られたゆえ、この爺が、そなたと一緒に留守番をしようぞ。父上が帰って来られるまで賢く待っていようぞ」

 相安を膝の上に座らせた。

「あ、そうだ。善右衛門どの、御屋形さまは、『善右衛門どのでは、四ッ地蔵城の留守役は、務まらん』と、お考えになったのではないぞ。『万が一、これ以上、変なことを考えるやからが出たときは直ちに誅殺を加えなければならない。善右衛門どのにその責を負わすのは酷だ』と儂を派遣されたのだ。気を悪くするでないぞ。それに万が一、戦となったなら対手(あいて)は都治(つち)どのとなる。儂と福冨党が一丸となって当らねばならんのだ。そのときは、御屋形さまが出てこられるまでにやっつけようぞ。七郎左衛門が帰られたなら儂は早々に立退くでの、それまでの辛抱じゃ」

「ありがたき、ご配慮、肝に命じましてござります」

「儂なら、この城を乗っ取るという大それたことをする危険がないからの、御屋形さまも、そう、お考えがあってのことだろう。なにしろ、この娘には儂も刃が立たん。もう少しで射落とされるところであったわい」

 四郎兵衛がカッカと笑った。

「さてと、姑どののところへ案内してもらえないか、心配しておられることだろう」

 甲冑を脱いで平服となった四郎兵衛尉が、しのをうながして二の丸へ移って行った。

 四ッ地蔵城は落ちついてきた。ただ、浜崎党の軍勢がいることを除けば…。

 あとは、城主七郎左衛門の帰りを待つだけである。

 

 四ッ地蔵城の臨戦態勢は忠智が帰城するまで続けられた。

 その間に、疑心暗鬼となっていた領内も平静を取り戻しつつあった。

 

 忠智は阿波への道を急いでいた。

―なぜ、御屋形さまは儂を阿波へ行かせるのか。

 くりかえし疑問が湧きあがる。四ッ地蔵城にとって、まさに存亡の秋(とき)である。こんなときに何故、儂を…御屋形さまは、儂を浅利へ帰しては戦を起すと見られたのであろうか。ましてや一人で行けとは無茶な命令だ。

 忠智は反芻し、苦しんだ。いつまでも疑問は解けなかった。

 ただひとつ考えられることといえば、忠智は十二歳から二十七歳まで小笠原家の本城温湯城に出仕していた。その間、いちども浅利には帰っていない。そのため、父の家臣団との面識は薄かった。これが付け入る隙を与えたのか。

―それにしても雀部のやつら…・

 父治堅の死を待って、福冨を裏切った雀部ら六人のことを想いだし、どうしょうもなく憤怒の念に苛まれた。

 心の苦しみを身体の疲れでらわすように阿波へと急いだ。