福冨七郎左衛門尉疾風録

石見国浅利村・四ッ地蔵城主福冨氏5代録

室神屋(やかみや)

 

 文明五年(一四七三)、十歳になった正秋(まさとき)が、武家を離れて海商室神屋與次郎兵衛吉久の養子となった。

 室神屋は海商を営む地侍である。主として玉鋼を商いしている。江川(ごうがわ)の河口から三里ばかり遡上した扇状地に屋敷を持っていた。

 玉鋼は砂鉄を木炭で溶かして鋼にし、円球としたもので刀剣の材料となっている。木炭の熱を上げるため『たたら』という足踏み式のふいごで風を送ることから、この製鉄法をたたらと呼んでいた。砂鉄から作った刀剣は粘りがあって切れ味がよく、特に出雲の斐伊川と石見の江川流域で採れる良質の砂鉄から作るものは近隣諸国でも注目されていた。與次郎兵衛は一貫目(三・七五キログラム)の玉鋼を主要な商いとしている。 

正秋を海商の養子とすることについて、忠智にも事前の相談はしなかった。治堅一人で苦渋の選択をした。

 治堅は、ぬいにおのれの考えを語った。

「御屋形から賜った所領は、減らすことなくすべて嫡男が継ぐものだ。兄弟で分けあえば必ず、多い少ないの不満がでる。兄弟どんなに仲良くとも一生のうちにはどのような諍いが生じるかもわからない。正秋は商人として生きる道を選ばせる」

 ぬいは、なにも言わずうなずくことにより意に従うことを表した。

 忠智には手紙を書いた。

正秋は口をへの字に結び治堅をじっと見つめていた。

ぽろりと一滴の涙が頬を伝わった。

 

 数日後、迎えに来た室神屋與次郎兵衛と一緒に城を出て行った。

 濠にかかる橋の手前で振り返った正秋は、大門の前で見送る治堅とぬいに大きく腰を折って礼をした。正秋は両親の顔を見なかった。両親に対する唯一の反抗であるかのようであった。

 

 室神屋と父治堅の間に、どのような話し合いがされているのか正秋には訊かされていなかったが、吉久以下使用人にいたるまで皆が正秋のことを「若」と呼んだ。

 

 床の間の刀架けに不思議な形をした刀が架けてあった。

「あれは明国の刀です。そうだ、いいものを見せよう」

 正秋の視線に気づいた吉久が先に立って別の棟へ連れて行った。そこは屋内道場であった。四ッ地蔵城には野天道場しかない。

「戦は晴れの日だけとはかぎらん、雨であっても雪であっても戦は起きる」

 父の口癖だった。

商家が武術鍛錬の屋内道場を持っている。いぶかしみが正秋の顔にでた。

「商家は商いをするもの、武術はあくまで襲われたときの防御でしかない、だから他人の目に触れないよう家の奥でやっているのです」

 正秋を見つめる吉久の顔に笑顔はなかった。一歩、港をでると己に降りかかる敵は己の力で撃退しなければならない。と言っていたことの重大さを現していた。

三十人ほどの男が剣技の訓練をしていた。武家においては、めずらしいことではない。正秋も四ッ地蔵城では毎日欠かさず修練してきたことだ。だが商家でこれほど多くの男が一心不乱に修練していることに奇異を感じた。さらに、男たちが持っている武器は初めて見るものばかりだった。

変な形をしている刀だ。吉久が壁に架けている刀を取って正秋に持たせた。

日本刀の脇差ほどの長さしかないが、二尺ほどの刀身は大きく湾曲し先端になるほど幅広となっている。最大幅は約八寸もあろうかと思われる大きな刃だった。先端がずっしりと重く、一振りするとグッと勢いを増して回転した。

精一杯の声をあげて刀を振り回していた男たちが動きを止めて壁際に座した。室内が静かになった。新しく養子となった正秋の器を計るように射抜く視線が集まってきた。

「若も剣技の研鑽は怠りなくやってきたであろうの」

 吉久が日本刀を正秋に持たせて、自分は変な形の武器を手に持った。室内が静まり返った。

「若。これは、立会いではありませんぞ。反撃は無用ですぞ。若が本気をだせば儂などひとたまりもありませんからの」

 吉久が冗談まじりに話しかけながら刀を一閃させた。

「はっ」と、気づいたとき、青眼に構える正秋の刀は真っ二つに折れていた。折れ飛んだ刀尖が床に突き刺さっている。

「さすが、武家で修練を重ねた若だ。刀を落とさなかった」

 吉久の持っていた刀を正秋に持たせた。

「これは、『柳葉刀』と呼ばれる武器で、三国志で有名な関羽の『青龍(せいりゅう)偃(えん)月(げつ)刀(とう)』から『青(せい)龍(りゅう)刀(とう)』と呼ばれている。儂ら船乗りは湊を一歩出ると己の身の安全は己で保持しなければならない。海の上はまったくの無法地帯だ。海賊が横行している。だから皆が熱心に修練している。他人を襲うためではない、己を守るためだ。船内のように狭くて天井の低い場所で戦うには、小回りが利いて、なおかつ、威力のある『柳葉刀』が一番有効な得物だ。船乗りは、ほとんどが、これを使っている。先端が重い分、力強さが加わるから、これをまともに受けると日本刀などは脆く折れてしまう。だがの、この『柳葉刀』は日本で造ったものだ。明国のものは鈍(なまく)らで使い物にならん。人間をすっぱすっぱと斬る日本刀は明国や朝鮮では魔物のように怖れられている、だから、日本刀の技法をもって造り上げた『柳葉刀』は明国や朝鮮ではよく売れるぞ」

「いちど試して見とうございます」

「そなたの日本刀とこの柳葉刀との違いか。よし、茂平、対手(あいて)をしなさい」

吉久に名指しされた茂平は「へい」と言ったものの困惑の表情をして立ち上がろうともしない。

「どうした茂平、おまえは室神屋でも一番強いではないか」

「へい。ですが・・・」

「若に傷を負わせては困るとでも思っているのであろう、そこんところは、まあ、ほどほどにの」

「ほどほどに、ございますか」

 さて困ったぞ。という表情を隠しもせず、立ち上がって柳葉刀を振った。

びゅっと派手な音がした。

 正秋は壁に架けてある日本刀を取った。いずれも稽古用に刃引きをしたものである。正秋が青眼に構えるのを待って茂平が半身となった。柳葉刀を片手で持っている。

―あれを、片手で振り回すのか、柳葉刀とは片手で使う刀か。

 正秋の驚愕を慄きとみた茂平が正秋の刀めざして一閃してきた。正秋の体が軽やかに茂平の間合いを外した。空振りの音が静寂な空気を切り裂いた。

「若、やりますね」

 茂平の瞳は爛々と光ってきた。正秋の表情に少しの変化もなかった。対手に先を打たせて後を取る戦法であることを示していた。

それならばと茂平が猛然とかかってきた。

正秋が敏捷に動きまわり、茂平の剛刀を躱(かわ)していった。太刀筋を予測していたかのように無駄のない動きであった。茂平が渾身の力で打ち込む柳葉刀は、正秋の刀を捉えることができぬままむなしく風切り音だけが響いた。

壁際まで跳び下がった茂平が、正秋の間合いを外して構えなおした。

まっ赤な顔をして肩で大きく息をしている。正秋は相変わらずすずしい顔をしていた。

 気を取り直した茂平が眉を吊り上げて柳葉刀を突き出した瞬間、すばやく回転した正秋の体が間合いに飛び込み、気合もろとも日本刀を振り切った。柳葉刀が派手な音を立てて床に転がった。

「あー」

 道場内がどよめいた。伸びきった茂平の手首が斬り落とされた。と、誰れにも見えた。

「参りました」

 意外に、さばさばとした茂平の声が聞こえた。安堵のどよめきが湧きあがった。

 正秋の刀は、柳葉刀の刀盤(鍔)に沿って外側を打ちこんでいた。茂平の手首を傷つけることなく正確に刀身を切っていた。さすがに、柳葉刀は折れることはなかったが茂平の手に、したたかな痺れが残っていた。

「おみごと、さすが武家育ちだ。あっという間に柳葉刀との戦い方を会得した」

 吉久が感嘆の声をあげた。

「若、さすがの腕前ですが、儂らが戦うときは海賊が攻めて来たときに限られます。己の船内での戦いが前提となります。船は狭く天井も低い。だから、日本刀は使えません。武器を振るう型も日本刀より、より適した形があります。茂平は、それを見せたかったのです。柳葉刀の扱い方を茂平に習ってくだされ」

「お頭」

 茂平が吉久の言葉をさえぎった。

「若の日本刀は封印してくだされ、儂らの命がいくらあっても足りねえ」

 どっと、笑いが起こった。

「それにしても、若の武芸はたいしたものですの」

 道場内が騒然としてきた。正秋の剣技を目の当たりにした興奮と、戦いの余韻が男たちを饒舌にしていた。

「いまひとつ、お訊きしたいのですが」

 居間に戻った正秋が、茶碗に入った水を一気に飲み干して吉久を振り返った。

「柳葉刀が、よく売れるということは、どういうことでしょうか」

「さきほど説明したように、明国や朝鮮で使っている武器は鈍(なま)くらで、日本刀とは比べものにならない。だから、柳葉刀をはじめとする明国や高麗の武器を造って持って行けば、飛ぶように売れるということです」

「高麗・・」

「おっと、高麗、高麗と言うが、それは朝鮮のことだ。高麗王朝は今から八十年も前に倒れて今は朝鮮王朝になっている。だが、日本人が交易を始めたのが高麗王朝のときであるし五百年も続いた王朝だ。だから、今でも日本人は高麗と呼ぶ者が多いのだ」

「明国や朝鮮まで行っているのですか」

「七郎左衛門どのから、あまり訊いておられないようですな、数年に一度は行っている。売る物は刀剣類と玉鋼、そして銀。買うものは、銅銭、扇、屏風、綿布などです」

「海賊は、よく出るのでしょうか」

「船を一隻、奪えば莫大な財宝が手に入る、これは、たまらんよ。おっ、儂は海賊などしていないぞ。儂は『石州北江津太守平朝臣吉久』という、れっきとした貿易商だ」

「石州北江津太守平朝臣でございますか」

「そうだ。日本の海賊どものなかには、明国や朝鮮へ頻繁に出張って略奪や強制取引を行っているやつが多いからの、そういう悪いやつらとは違うということを知らしめるために、太守平朝臣という名が必要なのだよ」

「面白そうですね」

「面白いか、面白いぞ。一人前の海商になるためには剣術も必要だし水練も必要だ。それに、「読み書きそろばん」と、勉強することはいくらでもある。武家は己の土地を増やすことに命を懸けるが、商人は銭を増やすことに命を懸ける。両者の間には相違というものは無い。若も武家を離れたことに悲観することなど、さらさら無い」

「はい、よくわかりました。私には商人が合っているのかもしれません」

正秋(まさとき)の瞳が輝いた。