福冨七郎左衛門尉疾風録

石見国浅利村・四ッ地蔵城主福冨氏5代録

初代・福冨七郎左衛門尉藤原治堅

   宝徳三年(一四五一)三月(新暦・四月中旬)、石見国は春爛漫の季節を迎えていた。

 山野に若葉が満ち、田畑に咲き誇る菜の花が黄色く村を染めている。

 

 道は左手の城山を迂回するように曲がって、谷の奥に続いている。

 五町(五百メートル強)ほど奥の堤(つつみ)から落ちる小川がすぐ右手を流れ、そのさきは狭い田んぼが谷いっぱいになって一列に並んでいる。

 一挺の輿が静かに上ってきた。室町幕府御家人小笠原民部太輔長直の娘、さよ姫である。

 小笠原氏は、清和源氏の裔・源義光を祖とする。義光の曾孫遠光の次子長清が甲斐国中巨摩郡小笠原村に拠り、小笠原を称したのに始まる。長清は父とともに源頼朝に従って戦功を挙げ、その功によって信濃守に任じられ、紀伊、阿波、河内三国の守護となった。

 長清の子長経は阿波守護となって阿波に下向し池田大西城に住した。長経はのちに信濃に帰ったが、子孫は阿波各地を分領しながら繁栄し三好氏、小笠原氏、安宅氏、大西氏などがでている。長経の孫長親は弘安の役における功により受領した石見国邑智郡村之郷に移った。その理由について、鎌倉時代からの守護小笠原氏に代わって細川氏が四国を領することになったため、小笠原一族もその麾下となったが、長親はそれを良しとせず石見国邑智郡村之郷に移り南山城を築いて、石見小笠原氏の祖となった。

 三代長胤、四代長氏のときに勃発した南北朝争乱では武家方として働き、村之郷から川本会下(えげ)に移って温(ぬく)湯(ゆ)城(じょう)を構えた。

以来、着実に勢力を広げ、今は長直が八代を継いでいる。

 

 輿のすぐ後には三名のお女中と一人の娘が並び、少し離れて一人の若侍と、背中と両手に荷物を持った小者二人が随行している。

 堤の急坂を上りきったところから、道は堤の縁を辿りながら、さらに山奥へと続き、峠を越えて隣国へと向う。

 周囲五町(五百メートル強)ほどしかない、ため池には周りの山から垂れ下がる木の枝が、水面ちかくまで覆って水を群青色とし、静かな不気味さを漂わせている。

 輿が道を逸れて堤の上を奥へ入っていった。山ぎわに桜の大木が一本立っている。

 小者の嘉助が、満開となった桜の下に手際良く茣蓙(ござ)を敷いた。

 荷物を置いて座をお女中に託し、堤の入り口で控えている若い侍の横に座った。

 侍は、小笠原長直の家臣福冨七郎治堅である。齢二十一、すっと背筋をのばした背は高く、武術の鍛錬によってできた巾広の両肩が体の均整をとっている。

 女子(おなご)たちは、姫を中心に車座となって花見のご馳走を食べ始めたようだ。治堅のところからは、十間(十八メートル)ばかり離れている。

 春の風が肌に触れてここちよく通り過ぎて行く。

 時々、女子(おなご)たちの笑い声が谷間を奔(はし)り周辺の野鳥を驚かしている。

― よく笑うものだ。

 治堅は、女子たちのざわめきを背に、新芽のふきだした木々を眺めていた。嘉助たち小者も、なにすることもなく、ただ黙って姿の見えない鶯の声を追っている。

― いったい、どういうことから、姫の供をすることになったのか。

 今朝のことだった。組頭寺島五郎左衛門尉の用人与左衛門から

「ぬい様が花見にいかれるのでお供をするように」

 との指図を受けたのだった。ぬいは、五郎左衛門の愛娘で十六歳になる。やや肉(しし)おきはいいものの色白で、すらっとした容姿は城下でも評判の美人だ。治堅も、ほのかなあこがれをもっている。ただ、二人の間には、如何ともし難い家格の差があり、治堅には、とうてい手のとどかぬ高嶺の花だった

 五郎左衛門の屋敷でときたま見かける程度で直接話をしたことはない、主の娘に声をかけることなどあってよいことではない。

ぬいの笑顔も見たことがない。いつも、ものしずかにすました娘だった。

 供をいいつかって、治堅の心がときめいた。

 治堅とぬいは連れだって姫を迎えに館へ行った。ぬいには寺島家で下働きをしている娘がついている。

―  二人だけだったら・・

 と、思うがそれは不可能なことだ。

 道中で、ぬいは姫と幼いころからの遊びともだちで、よく館へ出入りしていたということを言った。上役の娘という立場からか、近寄りがたい雰囲気があり、弾む心とはうらはらに二人の会話は進まなかった。 

 寺島五郎左衛門配下となっている治堅にとっても、ぬいのお供は当然のことではない。

 配下であっても五郎左衛門の家士ではない。

―  ぬいの供なら五郎左衛門の家士でことたりるが、さよ姫がおられるから自分が供をすることになったのだろう。

 と、治堅は思った。 

 ところが、姫の花見だというのに、お城からは供の侍がいない。

―  どういうことだ。 

 治堅は思ったが、なにも言うべき地位にない。一人で護衛することとなったのだ。

 輿がでてきたとき、どの位置に付くのか迷った。姫の警護であれば輿のすぐ横につくことになる。あるいは先頭を歩くべきかと迷って、結局のところ一行の最後尾を歩いてきた。

―  姫の警護を直におおせつかったのではない。

 開き直ったのだ。嘉助ら小者と並んで歩くことにしたが、嘉助は、目礼を返しただけでなにも言わなかった。ぬいは輿のすぐ後ろを奥女中たちと連れだって歩いてきた。

 新芽の甘い匂いが漂っている。

治堅の背が、うららかな春の日ざしを受けて、ここちよくあたたまり、ものういな気持ちに導いている。半刻(一時間)は過ぎただろう。

 ぬいが近くにいるせいであろうか、護衛という気がしない。女子(おなご)たちは、あいかわらずよく笑っている。春風に乗ってヒラリヒラリと舞い降りてくる桜の花びらを盃に受けるのを競っているようだ。

 治堅の腹が「グー」と鳴った。嘉助の目が笑った。嘉助は姫様付きの小者である。

 治堅とはあまり面識がない。照れ隠しに雑草のスカンポを採って口にいれた。ひと噛みすると、わずかな酸味が舌の上で転がった。

 つと、治堅の口が動かなくなった。ジッと遠くの一点を見つめている。

 怪訝な表情で治堅の視線を追った嘉助の顔色が変わった。

 三町(三百メートル強)ほど離れた峠道に八騎の男が立ち止まって、馬上から無遠慮にこちらを窺っている。野武士のようだ。

 しばらく、こちらを窺って、一斉に馬を下りた。

―  襲ってくる。

 あきらかに姫や女子たちを狙っての行動に移ったようだ。最悪の事態に入ろうとしている。 

治堅が姫のもとに走り寄った。

「ぬいさま賊が襲ってくるようです」 

 ぬいに言った。姫に直接話しかけるには畏怖がある。

『ぬい』とごく自然に名を呼べたことに心がときめいて顔が紅くなったように思った。

 女子たちは、迫りくる危機を察知して立ちあがった。さすがに訓練された奥女中だけあって瞬時に姫を護る必死の覚悟を決めたようだ。

 敵は八人で、いずれも両刀を持っている。こちらは総勢十二名だが侍は治堅だけだ。小者の得物は短刀だけであり、まともに戦える武器ではない。しかし、ひとたび戦ともなれば、足軽として戦闘要員に組み込まれ、陸尺の四人は人足として武器や食糧を運ぶ輜重兵となる。これまでも、いくどか修羅場を潜り抜けてきている。度胸では引けをとらないだろう。

「それがしをすり抜けたやつだけ討て、前には来るな」

 治堅は小太刀を腰から外して嘉助に渡そうとした。嘉助は、それを受取らず自分の短刀を抜いた。すでに四十歳ちかくになっているが、それだけ戦場の数を踏んでいる。

 小者らは七人とも顔面蒼白となっているが、目は血走り、戦う気迫があふれている。

 女子たちは薙刀を繰る修練を重ねている。薙刀があればある程度は戦えるだろう。だが、戦さ以外で城外へ持ち出すことはない。短刀や懐剣では対等には戦えないだろう。治堅は八人を相手に一人で戦わざるを得ない立場に置かれたことを悟った。斬り死に覚悟で力の限り戦うしかない。

― 己(おのれ)の生命ある限りは、女子たちに手をださせない。 

 ぬいの眼前で無様な戦いを曝したくなかった。  

 女子たちは桜の大木を背に姫の前に出て懐剣をにぎりしめた。いざとなれば生命を投げ出して盾となる気迫がでている。

「ぬいさま姫さまを」 

 ぬいは黙って大きくうなづいた。口をキッと結び胸の懐剣を握り締めていた。悲壮な決意が蒼白な顔にでている。その前を小者が固めた。

 皆が無言で身構えた。

 静寂のなかに小鳥のさえずりが、いっそう浮かびあがった。

 治堅は刀の鯉口を切りながら、一人で三間(五・四メートル)ばかり前にでた。ここは堤の上である。幅は二間(三・六メートル)ほどしかなく右は深い溜池で、左は急な傾斜となっている。一人で多勢を防ぐには絶好の場所だ。

 ゆっくり近づいて来る野武士らは、皆が一様に熊毛や鹿毛の袖なしを着ている。長い髪を無造作にうしろで束ね、黒く伸び放題の髭面に獰猛な眼が鋭く光っている。

 先頭の三人はすでに白刃をかざしている。槍はひとりだけだ。他の者は刀しか持っていない。もし、八人が槍で穂先を揃えて向かってきたなら刀では防ぎきれない。

―  敵の得物が刀であれば闘いようがある。

「何者か」

 治堅が誰何(すいか)した。

 相手は一言も発しない。双眸がらんらんと光っている。

治堅が草履を脱いで太刀を抜いた。

 敵は問答無用だと無言で迫ってくる。濁った目に不気味な欲望の炎がちらついている。

「無礼者、小笠原民部太輔さま御息女と知っての狼藉か」

 治堅の威嚇にもニタニタと笑っているだけで怖れる様子も無い。治堅を見下す倣岸さが面にあらわれている。八対一という圧倒的優位に立っている驕りであろうか敵には殺意が感じられない。

―  それ以上近づいたら斬る。

 治堅の発する凄まじい殺気に動ずる気配も無い。

 先頭の野武士が治堅との間合いに入ってきた。治堅は下がらなかった。

 桜の木から放たれた一枚の花びらが、ひらりひらりと舞いながら二人の間合をよぎった。

 赤ら顔の髭ずらが、

「小癪な」

 無造作に槍を突出した。一人で立ち向かう治堅を舐めきっていたのだ。

治堅は瞬時に身体を開いて槍を避け、鋭く踏み込んで相手の首根に剣尖を走らせた。

体内で圧縮されていた血が飛沫となって空を染めた。槍は治堅の手に移っていた。

「このやろう」

 槍を取られた野武士が驚愕した目をむき、あわてて刀を抜こうとしたが、そのままガクンと崩れ落ちた。

 すさまじい殺意を剥き出しにした敵の二人が、倒れた仲間を飛び越えて同時に斬り掛かってきた。そのひとりの刀を奪った槍で、撥ね退けて右足に突き立てた瞬間、別の男が横をすり抜けた。挟み討ちにするつもりのようだ。

―  しまった。 

 治堅が、あわてて後ろにまわった敵を討つため体勢を変えたとき、低く押し殺した呻き声があがった。小者の辰蔵が短刀で応戦して、たちまち、鋭い袈裟切りをあびせられたのだ。辰蔵は、とっさに体を躱(かわ)したが、わずかのところで右肩に刃(やいば)を受けてしまった。小笠原家中でも短刀術手練の一人と言われる辰蔵も刃がたたなかった。

「下がれ、手出しをするな」

 治堅が叫びながら辰蔵に斬りつけた男の横腹を突いた。男が派手な音を立てて溜池に転がり落ちた。

 あっという間に三人を倒された敵は完全に思考力を失っていた。

「いちどにかかれ、包みこめ」

 治堅に体勢を立て直す暇を与えまいと、怒気でうわずった掛け声を発し次々と殺到してくる。

「このやろー」

「叩っ斬れ」

 てんでバラバラに突っ込んでくる。まったく連携がとれていない。敵の動きがよく見える。治堅に余裕がでてきた。

 治堅の槍が野武士の一人をとらまえた刹那、別の男が治堅の首を狙って八双の剣を振り下ろした。一瞬早く体を沈めた治堅の槍が「エイッ」と裂ぱくの気合とともに敵の右足を貫いた。

 もんどりうって倒れた敵が起き上がろうとするところを蹴倒して、左手から飛び込んできた男に槍を突き立てた。引き抜いた槍を包みこむように血飛沫が噴出する。

 怒号と叫喚が谷間にこだましている。

 不思議なほどに治堅の体がなめらかに動いて電光のごとく突きまくっている。治堅の鋭い穂先を避け得る者はいなかった。

 まさに、瞠目すべき早わざであり、手練であった。

 治堅の槍は敵の体を浅く突くだけだった。命を取るためではない、骨をも切る斬撃よりも浅い傷でも敵は多くの出血におどろき戦意を失っていく。

 敵の戦闘意欲を削ぐことができればそれでいい。その分、次の襲撃に対処できるからだ。

 敵は治堅の敏捷な動きを捉えることができないまま、たちまち六人が倒されて、残りの二人は戦う気力を失ったようだ。刀を青眼に構えているが、動きは止まってしまっている。

 炯々(けいけい)とした眼光が消え、恐怖心からくるうろたえの影が目にかかっている。まったく逃げ腰になった。

 傷ついた仲間を連れて逃げようとした。治堅の槍は、それを許さず、倒れた五人の小股を刺し貫いて逃亡を阻止した。

 二人の野武士は仲間を残して逃げ去った。

― 勝負はついた。

 眼が眩むほどの疲労が全身を縛ってくる。治堅は、皆に背を向けたまま肩で息をしながら呼吸をととのえ、動悸が治まるのを待った。渇ききった喉がひび割れるように痛い。

 ぬいが走り寄って瓢(ひさご)に入れた酒を渡してくれた。その手は緊張から抜けきれないようにわずかに震えていた。

― もう、大丈夫だ。

 振り返って皆におくった治堅の笑みは自信に満ちたものであった。

 

「かたじけのうござります」

 姫に一礼してラッパ飲みした。冷たい酒が乾ききった喉を癒して通りすぎる。ゴクッゴクッと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。

「美味い」

 治堅の口から思わず声がでた。なんとも言えない満足感だった。

 奥女中らが声をだして笑っている。身の危険を脱出した安堵の声がよみがえっていた。

「おみごとです」

 普通の顔色にもどった嘉助が丁重に言った。

嘉助らにも酒が渡された。小者らは恐縮しながらも満面の笑みをたたえて口を近づけた。

 傷ついた野武士は両足の自由が利かなくなり、のた打ちまわっている。

 斬られた辰蔵の右肩は、ざっくりと割れて、とめどもなく血が流失している。傷口を合わせるように布でしばり止血した。

「辰蔵にも飲ませてやってもよろしゅうございますか」

 瓢(ひさご)を手にした嘉助が聞いた。

「やられたのは肩だ。飲ませても大事無い」

 辰蔵の顔に喜色が浮かんだ。

「辰蔵、助かったぞ」

 治堅は辰蔵ら小者が一人も逃げようとせず、身を楯に姫を守りきったと言ってやった。

 誇らしげに小者同士がうなずき辰蔵の口に瓢(ひさご)をふくませた。

「指は動くか」

「動きます」

 辰蔵が指を一本ずつ折り曲げてひろげた。

「それなら大事無い、よかった」

 治堅が辰蔵の左肩をポンと叩いて立ち上がった。

「痛、たたた」

 辰蔵の大仰なしぐさに、どっと笑いが起こった。

 

 新たな敵が、逆襲して来ないとも限らない。

「ぬいさま、姫さまを安全な場所まで」

 治堅は、自分の声に力強さがよみがえっているのに気づいた。

 緊張の解けたぬいの目がかすかに潤んでいた。

― きれいだ。

 ぬいを我が胸に抱きしめたい衝動にかられた。が、それは一瞬のことだ。

 

 陸(ろく)尺(しゃく)の一人が傷ついたため、姫も歩かざるを得ない。

 女子たちが、姫に履物をはかせ着物の裾を帯にはさんで、歩きやすいようにととのえている。

 嘉助は女子らが散らかした花見のを集めた。

「折角の花見をだいなしにしやがって」

 嘉助の憤怒に滲んだ言葉が治堅の怒りを呼び起こした。

 姫の通り道を開けるため、倒れている五人の野武士を土手から蹴落した。

 野武士がうめき声をあげながら下の田んぼまで転がり落ちた。

 ぬいが姫の手を取って小走りに歩き出した。嘉助が先頭に立ち、女子たちも、姫をなかにして移動している。傷ついた辰蔵は陸尺のひとりが肩を貸して歩かせている。 

 八町(九百メートル弱)ほど行けば寺がある。そこまで逃げのびさえすれば、応援を呼ぶことができる。治堅は、しんがりを護って女子たちについていった。

 姫は何も言わずに小走りに歩いている。

 谷間を抜けて民家の見える場所まで辿り着いた。百姓が近くの田んぼを耕している。 

 野武士が追ってくる気配はない。それとも仲間を集めるのに手間取っているのか。

「ぬいさま、姫さまもお疲れでしょうから、ゆっくり歩きましょう」 

 あわてふためき逃げる姿を他人に見せてはならないと思った。

 一行はホッとしたように歩き出した。それでも早足は緩まない。

 村外れの寺に入った。

 住持は治堅の持っている血槍と、全身に返り血を浴びて生くさい臭いの発する姿で全てを悟った。小僧を近くの武家へ走らせ、姫たち女子らを庫裏の奥座敷に導いた。

 治堅は奥座敷の前庭にまわった。

「ぬいさま、わたしはここに控えております」

 締め切った障子の外から声をかけて庭の護衛についた。

 さきほどの酒が心地よく体を温めて疲労感が全身を覆ってきた。

― 賊を撃退した。

 治堅は周りに誰もいないことを確認してから、へたり込むように庭石に腰をおろした。心の底から浮かび上がる満足感とうれしさに酔っていた。

 怪我をした辰蔵は、住持と嘉助が庫裏のなかで手当てを始めたようだ。

 城下から馬に乗った武士たちが次から次へと疾駆してくる。徒歩の侍や小者も駆けつけてくる。

「姫に大事ないか」 

 寺島五郎左衛門が大仰な声で庭に入ってきた。治堅は、あわてて立ちあがったものの答えに窮した。緊急避難とはいえ姫を歩かせたことは重大な失態なのだ。

「父上、姫様に大事ありません」 

 ぬいが障子をわずかに開けて小さな声で答えた。障子を閉める動作の中で治堅を見つけたぬいの顔に微笑が浮かんだ。

「何があったのだ」

「野武士と思われる八人組に襲われました」

「八人か、こちらの被害は」

「辰蔵が右肩をやられ、庫裏で手当を受けております」

「それだけか」

「辰蔵らが身を挺して防いでくれましたので助かりました」

「酒を飲んでいるな」

 五郎左衛門が疑わしい目つきで治堅を覗きこんだ。護衛の任務を忘れて姫と一緒に飲んでいたとでも言いたいらしい。

「敵を撃退したあと、いただきました」

 それでも五郎左衛門の探るような目つきは消えない。

「寺島さま、賊を残しておりますゆえ馬を拝借させてください」

「まだ居るのか、仔細は後で聞く、行け」

 治堅が馬を走らせた。騎馬の侍や小者たちが四、五十人にもなってついてくる。

野良仕事をしていた百姓が心配そうに立ち上がっている。

 春の日差しが通りすぎた狭い谷間を冷気が急速に覆いつつあった。

 堤の周辺に生くさい血の濃臭がただよっていた。

 下の田んぼでは、傷ついた野武士が逃げることも出来ずに転がったままだった。野武士の目に絶望の翳りがさしている。ため池に落ちた野武士は力尽きて沈んだのであろう、姿が消えていた。一度沈んでしまったら二、三日は浮いてこない。

 なんの損傷もなく置かれている輿をみて、治堅はホッと安堵するとともに言いようのない怒りが込み上げてきた。土手を駆け下りて倒れたまま横たわっている野武士の両手を荒縄で結び裸馬に跨らせた。

「武士のなさけだ、ひとおもいに殺してくれ」

 野武士の一人が侮辱と激痛に耐えられないように、あえぎながら言った。

「武士にあるまじき卑怯を働いたのはおまえらであろう」

 治堅がつめたく言い放った。

 空の輿は寺へ持ち帰り、そこから姫を乗せて大勢の供侍とともに城へ帰っていった。

 怪我をした辰蔵は、手当てが済んだあと戸板に乗せられて自宅へ帰った。かなりの深手であった。すでに発熱しているのであろう、顔が赤く呼吸も荒くなっている。

 ぬいは五郎左衛門の家士二人とともに帰って行った。

 治堅は、それらをいちいち見送ってから、五郎左衛門らと賊を乗せた馬の後を城へ向った。

 城下も、そろそろたそがれようとしている。気温が急激に下がってきた。

「六人ものう…」

 五郎左衛門がつぶやいた。治堅ひとりで六人も倒したということが理解できないのだ。馬上から後ろに従っている治堅を振り返って見た。

 治堅は敵から分捕った槍をかついで悠然と歩いている。

 

 治堅の武勇伝は、たちまち小笠原家中に広がった。ところが、対手(あいて)を殺さなかったことが話題となっていた。

「それにしても、なぜ、殺さなかったのだ」

 その中には批難ともとれるものもあった。敵を倒したなら直ちにとどめを刺してやることが武士の情けだ。瀕死の状態で放置することは、それだけ対手を苦しめる。すみやかにとどめを刺すことこそ武士道に通じるのだ。

 真剣をもって闘うということは対手を斬り殺すことが勝なのだ。斬るときは必ず殺す、それが鉄則だ。手負いの獣と同じく対手を手負いのまま放せば後に災いを残す。治堅は、あえて危険を残したのだ。

では、なぜ殺さなかったのか。それは、ぬいがいたからだ。姫やぬいの目前で凄惨な場を曝したくなかったのだ。

 

 数日後、治堅は五郎左衛門の呼び出しを受けた。

 寺島屋敷では、いつも通される下座敷を通り越して八畳の奥座敷に案内された。

 座敷からは、きちっと手入れされた松やつつじの木の間に築山や池を配した中庭が見える。室町時代に入ってから武家で流行(はや)りだした庭園の造りだった。

 狭いながらもよく整った庭だ。春の涼風が室内を通りすぎていく。

「どうだ、大事ないか」 

 五郎左衛門は機嫌がいい。いつも苦虫を潰したような顔しか見ていない治堅は、とまどった。五郎左衛門は、しかめ面が地なのだ。

「最初に、奉行大島さまのお言葉を伝える。『賊を殺さずに生け捕ったことは分別ある行いであった』と誉めておられた。・・ところで、ぬいに聞けば、すばらしい立会であったそうだな」 

 五郎左衛門がふと相好を崩した。あの日、治堅は奉行に仔細を報告しただけでその後の詮議には立ち会っていない。結果がどうなったのか分からなかった。

「城へ運ばれた時には賊の一人がすでに身罷っていた。あとの四人をきびしく糾したら佐波(さわ)氏の郎党だということが分かった」

 佐波氏は小笠原氏の東隣に位置しており、勢力もほぼ互角であった。

 小笠原、佐波両氏は蒙古襲来に備えて石見に派遣された鎌倉御家人である。両氏の領境紛争は石見入部以来続いている。

 正平五年(一三五〇)、高師泰南朝方佐波顕連を青杉・鼓が崎城で攻め殺したとき、小笠原氏は北朝方として働き、多くの佐波領地を奪いとった。

佐波氏にとっては許すことのできるものではなかった。

 以後、幾度となく紛争がくり返されてきた。

 とくに、小笠原氏が佐波氏から奪った君谷地区は江川(ごうがわ)沿岸にあり、銅が丸鉱山や朝鮮との対外貿易における交通の要路となっていたので熾烈な争奪戦が続いていた。 

― なるほど、武士だったのか、どうりで、青眼に構えた腰がピタリと座っていたと思った。

「それにしては、あの服装身なりはなぜでしょうか」

「おおかた、猟にみせかけて我が領内を探っていたのであろうよ」

「そればかりか、そちが倒した賊の中に佐波氏でも直系の嫡男がいたらしい。残念ながら、誰がその人物かということは分からなんだ。」

「………」

「佐波氏に遣いを出して謝罪を求めたが、相手は『そのような者はいない』としらをきりおった。あれだけ気性の激しい御屋形様のことだから、すぐにでも出兵したいだろうけど、相手が罪を認めないことには名分が立たない。それでは、ということで捕まえた者らの首を刎ねて佐波領との国境でさらし首にしたのだ」

 さらし首にしたということは治堅も知っている。一昨日のことだった。

「この者らは小笠原民部太輔さま御領内において許しがたき狼藉を働いた不逞の輩なり」といった口上の立札を立てて四人の首をさらした。あきらかに佐波氏に対する見せつけである。

その夜には、すべて持ち去られていた。

― これは後に尾を引く。

 佐波氏もこのままでは済まさないだろう。それがどういう形で現れるかは分からない。合戦に及ぶかもしれないと小笠原家中の誰もが臍(ほぞ)を固めた。

 

 二人が話しこんでいる間に、ぬいが、お膳を持ってきた。治堅は目礼を返しながら五郎左衛門に合づちをうった。

 座敷の下座に控え、話しのとぎれるのを待っていたぬいが礼を言った。

「先日は、ありがとうございました」

 顔に柔らかさがでている。どちらかといえば無口で他人を寄せつけないきびしさがこれまでのぬいの顔にあったが、今日はそれがない。治堅は、ぬいの表情が変わっていることに驚いていた。

治堅にとって五郎左衛門は上役である。これまでに幾度となく屋敷に来ることはあっても、上座敷に通されたことなどいちどもない。今日は、いつもの下座敷を横にみて奥へ導かれお膳まで出てきた。しかも、ぬいが自分で持ってきた。配下の士にぬいが饗することなどありえないことなのに、五郎左衛門も何も言わない。驚き以上にとまどいを感じていた。

 ぬいが治堅に盃を進めて酒を注いだ。

「恐縮にございます」

 治堅が両手でおしいただいた。

「あれから、さよ姫さまは、わたしのことを『ぬいさま、ぬいさま』とお呼びになるのですよ。わたしが顔を赤くするものですから、からかっていらっしゃるのです」

 五郎左衛門に酒をつぎながら可笑しそうに笑い、快活に話しをするぬいの顔はいきいきと輝いていた。上役の娘という垣根が消滅していた。

― きれいな笑顔だ.

 治堅は、こころのときめきを、五郎左衛門に悟られないよう平常心を装って酒を口にはこんだ。

「うまい」

 つぶやいた治堅の前で、ぬいが笑った。

「あなたさまは堤でお酒をめしあがったときにも、そうおっしゃった」

『あなたさま』なんとも親しみに満ちた言葉だった。心の安らぎを覚えた。

「なに、やっぱり、そちは姫と一緒に飲んでいたのか」

「そうじゃ、ありません。賊を退治した後、姫様から頂かれたのです」

 ぬいが、きっとした眼で五郎左衛門を睨んだ。治堅の援護にまわってくれたのが心地よかった。

「そうか、それにしても、儂のしわ腹も命拾いしたのー」

 五郎左衛門が話を強引に横取りする形で切腹の真似をした。

 治堅が姫を護りきったということは家臣として当然のことだ。しかし、これが失敗して姫に危害が及ぶことになっていたら治堅はもちろんのこと、五郎左衛門も腹を切らねばならない。それだけではない、お城のなかでも何人かは詰腹を切ってお詫びをしなければならないところであったのだ。

 しかし、姫の警護が手薄なのを見て襲って来たことはまぎれもない事実であり、その責任を究明するよう、口のかしましい重役連中もいたようであるが、

「詮索無用」

 御屋形の一言で終息したということだった。

 賊に敢然と立ち向った辰蔵の怪我は順調に回復しているが、もはや輿は担げない。  

 御屋形のお声がかりにより、傷が癒えたらそれなりのお勤めができるよう計らうことが約束されたという。

「そちは重役方の聴取に、『辰蔵らに助けられた』と言ったそうだの、武士たるもの小者に助けられたとは言うものではないぞ」

「事実でありますゆえ」

「小者が武士の手伝いをするのは当たり前だ」

「父上、七郎さまがどのように謙遜されようと、すべては姫様が見ておられます」

 ゆいが味方になってくれた。

「今回のことで褒賞はないぞ。戦ではないからのー」

 辞去する治堅に五郎左衛門が思い出したように付け加えた。

 

 日暮れが近づいて薄暗くなった廊下を玄関に向って歩いている。まだ灯をともすほどではない。

― ぬいと二人きりだ。

 治堅のこころがときめいた。

「大事無いか」

 治堅は玄関にむかう廊下で万感の思いを込めて言った。

「はい、…・お気をつけて」

 治堅の言葉遣いが少し変わったことに気がついたかどうか…・ぬいは、小さな声だったが治堅の目をしっかりと見つめた。

 玄関から門まで続いている石畳の通路をしばらく歩いて振り向くと、上がり框のうす闇のなかに座ったままこちらを見ているぬいを見た。ぬいの体は闇に溶けこみ、白い顔だけがわずかに浮かび上がっていた。

 

 中庭で治堅が槍を振っていた。堤で敵から奪った得物である。

― 敵の槍を奪ったことが闘いの勝敗を決めた。

― あのとき、この槍を分捕ったことにより、八人もの敵を撃退することができた。

 まともに刀で応戦していたら、血糊と、刃こぼれでたちまち使い物にならなくなる。いな、治堅の体力がもたない、二、三名を倒すのが精一杯であったろうと思った。

 槍の威力をあらためて認識した闘いであった。

 

 数ヶ月後、治堅は己の得物としての槍をつくりあげた。西国樫の柄をつけた長さ二間(三・六メートル)の槍である。馬上からの戦闘を考えて通常の持槍よりも極端に長くした。三尺を越す鋭い穂先は江川流域から豊富に採れる良質の砂鉄を『たたら』という製鉄法で、丹念に鍛えあげて鋼としたものである。弾力と粘りがあって折れず曲らず、よく切れ、特に血糊による影響を受けることが少なかった。

 赤漆塗りの柄から、『赤柄の七郎左衛門』と呼ばれて、敵を震撼させることとなる。