福冨七郎左衛門尉疾風録

石見国浅利村・四ッ地蔵城主福冨氏5代録

2019-07-19から1日間の記事一覧

5代・福冨七右衛門尉藤原春昌

小笠原家臣団 天正十二年(一五八四)春、毛利氏と羽柴秀吉の講和がなり、毛利軍諸将は鉾を収めてそれぞれの自領に帰っていった。 秋、四ッ地蔵城にも、つかの間の平穏がもたらされていた。 明尊から御屋形(小笠原長旌)に願い出ていた嫡男春昌への家督継承…

山崎屋敷 

石見の国人衆すべてが毛利氏に臣下してからは石見国内での戦はなくなった。 もはや、四ッ地蔵城も要害としての役目を終わり居館の機能しか果していない。 しかし、小笠原軍団としての四ッ地蔵城だ、独断で取り潰すことはできない。 明尊は四ッ地蔵城を嫡男昌…